6月12日(火)、701教室にて、フランス語学科の卒業生で、愛知県美術館主任学芸員の森美樹さんをお招きし、「アンリ・マチス─二つの窓をめぐる物語─」と題して講演会を開催いたしました。
なお、これは、名古屋外国語大学創立30周年記念事業の一環として、創設30周年を迎えたフランス語学科が主催し、創立30周年記念事業委員会及びワールドリベラルアーツセンターとの共催で企画したものです。
なお、これは、名古屋外国語大学創立30周年記念事業の一環として、創設30周年を迎えたフランス語学科が主催し、創立30周年記念事業委員会及びワールドリベラルアーツセンターとの共催で企画したものです。
開催のご報告
会場の様子
森美樹さんは、フランス語学科卒業後、名古屋大学で本格的に美術を学び、同修士課程在学中にパリ第4大学(ソルボンヌ)に留学、DEAを取得し、大学院終了後、島根県立美術館で学芸員としてのキャリアをスタートさせました。2004年より愛知県美術館の学芸員となり、「ロートレック展」(2007-2008年)、「デュフィ展」(2014年)、「ゴッホとゴーギャン展」(2016-2017年)など重要な展覧会を企画されました。デュフィやマチスなどに関する論文の他、共訳によるジェイムズ・クノー編『美術館は誰のものか』(ブリュッケ、2008年)も出版しています。
質疑応答の様子
講演は、林フランス語学科長の挨拶に続き、森さんがフランス語学科在学中、留学先の美術館(パリ国立近代美術館)にて、初めて見たマチス(Henri Matisse,1869-1954)の作品『コリウールのフランス窓』( Porte-fenêtre à Collioure, 1914)との運命的な出会いが、後のご自身のマチス研究に繋がったという興味深いエピソードが紹介されました。
次いで、20世紀前半に活躍した画家マチスは、絵画史上、「フォヴィスム(fauvisme)」と呼ばれたその絵画制作が、「キュビスム(cuvisme)」と呼ばれたピカソのそれに並ぶ革新性を実現したこと、その後も、マチスは様々な表現方法を試みる中で、『コリウールのフランス窓』を描いたということでした。フランスの街コリウールのアトリエにあるフランス窓を描いたこの作品で、窓は黒で塗り潰してありますが、これは、第一次世界大戦による不安と恐怖の心理表現、純粋な黒を光として捉える画家の意図、キュビスムの画家フォアン・グルスの影響が指摘されてきましたが、学生時代の森さんには、こうした説明が表面的に思え、納得するには至らなかったそうです。その後、国立西洋美術館で「プロセスとバリエーション」というコンセプトでマチス展(2004年)が企画され、最初に描かれていた窓からの眺めや手すりが後で黒く塗り潰されたことがわかるこの一枚は、絵画制作の行為そのものを作品に留めておこうとしていることに気づかされたそうで、この作品の本質を漸く理解できたわけです。
一方、愛知県美術館所蔵の『待つ』(L’Attente, 1921-1922)については、ワークシート(来場者全員に配布)を使って、この作品を鑑賞するコツが具体的に示され、風光明媚なニースの風景の見える窓辺に描かれている二人の女性が、待ちながら、期待と不安という相反する心情をそれぞれが体現しているという作品の持つ奥深さ、読み解きの面白さが良く伝わるお話しでした。
マチスが窓を内と外を結びつける「通路」(passage)と考えていたことから、二つの作品における通路としての窓の共通性が導き出されると共に、passageが「移行、変化」をも意味することから、前者が制作過程としてのpassageを、後者が心理のpassageをも表現しており、窓は、それぞれの「作品の本質へと導く装置の役割を担っている」という大変興味深いご説明でした。
ここから更に、passageというキーワードから、私達は人生において、結果にばかり囚われるのではなく、その過程こそが重要ということで、これは、マチスの絵画理論が身近なものに思えるコメントでした。
熊本地震後まもなく熊本美術館が開催した無料の展覧会に、多数の来場者が詰めかけ、「息抜きになった」、「リフレッシュできた」などの感想が寄せられたとのことです。人々の心の癒しや気分転換の場となりうる美術館が、そこにあること自体まず重要であること、そして、日常生活から離れて、美術館という非日常的空間で作品と向き合うことは、自分自身と向き合うことに繋がり、発想の転換に繋がる可能性のあること、最後に、美術館が所蔵するコレクション展示に是非足を運び、静かな空間に身を委ねて、お気に入りの作品に「挨拶」したり、新しい作品との出会いを楽しんで欲しいということでした。作品を見て、たとえ理解できなくても良いので、まずは、美術作品に触れて、一人で、静かにじっくり作品と向き合うことが大切だと助言してくださいました。また、美術館との付き合い方を教えてくれる、伊藤まさこ著『美術館へ行こう』(新潮社)の紹介もありました。
現在、愛知県美術館は改装のため閉館していますが、来年の4月2日にリニューアルオープンとのことです。今回の講演を思い返しながら、是非、あのマチスの『待つ』をじっくり鑑賞したいものです。
講演後の質疑応答も活発で、参加者アンケートの結果も大変良かったです。丁寧な配布資料をご準備いただき、内容豊富で興味深い講演をしてくださった森さんに心からお礼申し上げると共に、今後の更なるご活躍を学科一同期待いたしております。’(文責 小山)
次いで、20世紀前半に活躍した画家マチスは、絵画史上、「フォヴィスム(fauvisme)」と呼ばれたその絵画制作が、「キュビスム(cuvisme)」と呼ばれたピカソのそれに並ぶ革新性を実現したこと、その後も、マチスは様々な表現方法を試みる中で、『コリウールのフランス窓』を描いたということでした。フランスの街コリウールのアトリエにあるフランス窓を描いたこの作品で、窓は黒で塗り潰してありますが、これは、第一次世界大戦による不安と恐怖の心理表現、純粋な黒を光として捉える画家の意図、キュビスムの画家フォアン・グルスの影響が指摘されてきましたが、学生時代の森さんには、こうした説明が表面的に思え、納得するには至らなかったそうです。その後、国立西洋美術館で「プロセスとバリエーション」というコンセプトでマチス展(2004年)が企画され、最初に描かれていた窓からの眺めや手すりが後で黒く塗り潰されたことがわかるこの一枚は、絵画制作の行為そのものを作品に留めておこうとしていることに気づかされたそうで、この作品の本質を漸く理解できたわけです。
一方、愛知県美術館所蔵の『待つ』(L’Attente, 1921-1922)については、ワークシート(来場者全員に配布)を使って、この作品を鑑賞するコツが具体的に示され、風光明媚なニースの風景の見える窓辺に描かれている二人の女性が、待ちながら、期待と不安という相反する心情をそれぞれが体現しているという作品の持つ奥深さ、読み解きの面白さが良く伝わるお話しでした。
マチスが窓を内と外を結びつける「通路」(passage)と考えていたことから、二つの作品における通路としての窓の共通性が導き出されると共に、passageが「移行、変化」をも意味することから、前者が制作過程としてのpassageを、後者が心理のpassageをも表現しており、窓は、それぞれの「作品の本質へと導く装置の役割を担っている」という大変興味深いご説明でした。
ここから更に、passageというキーワードから、私達は人生において、結果にばかり囚われるのではなく、その過程こそが重要ということで、これは、マチスの絵画理論が身近なものに思えるコメントでした。
熊本地震後まもなく熊本美術館が開催した無料の展覧会に、多数の来場者が詰めかけ、「息抜きになった」、「リフレッシュできた」などの感想が寄せられたとのことです。人々の心の癒しや気分転換の場となりうる美術館が、そこにあること自体まず重要であること、そして、日常生活から離れて、美術館という非日常的空間で作品と向き合うことは、自分自身と向き合うことに繋がり、発想の転換に繋がる可能性のあること、最後に、美術館が所蔵するコレクション展示に是非足を運び、静かな空間に身を委ねて、お気に入りの作品に「挨拶」したり、新しい作品との出会いを楽しんで欲しいということでした。作品を見て、たとえ理解できなくても良いので、まずは、美術作品に触れて、一人で、静かにじっくり作品と向き合うことが大切だと助言してくださいました。また、美術館との付き合い方を教えてくれる、伊藤まさこ著『美術館へ行こう』(新潮社)の紹介もありました。
現在、愛知県美術館は改装のため閉館していますが、来年の4月2日にリニューアルオープンとのことです。今回の講演を思い返しながら、是非、あのマチスの『待つ』をじっくり鑑賞したいものです。
講演後の質疑応答も活発で、参加者アンケートの結果も大変良かったです。丁寧な配布資料をご準備いただき、内容豊富で興味深い講演をしてくださった森さんに心からお礼申し上げると共に、今後の更なるご活躍を学科一同期待いたしております。’(文責 小山)
参加した学生の感想
人生は美術に触れることでどのように変化するか、豊かになってゆくのか、少し理解できました。美術は好きですが、よく分からないと思うことも多く美術館へ足を運ぶことはあまりありませんでした。ですが、全てを理解しようとしなくてもいい、とのお言葉もあり 今度美術館へ行こうと思いました。アンリ・マチスの描く窓に、人生のpassageが込められていることに感動しました。そのようなストーリーが、見つけられるようになりたいと思いました。(フランス語学科生4年生)
今日の講演会では今まで見たことない絵をたくさん見ることが出来ました。中でも「開かれた窓」という作品に心惹かれました。色使いやタッチがとても柔らかくて生で見てみたいと思いました。もっとアンリマチスについて知りたいです。(フランス語学科1年生)
「コリウールのフランス窓」の黒く塗りつぶされた理由を明確にすることは難しく、作者の意図を探る研究の厳しさを知りました。また、学芸員という仕事は芸術に興味のない私においては関わりのない仕事だと感じていましたが、今回の講演者の方が留学先で思わぬ形で芸術に触れることになったという話から、自分の人生は思いもよらない場面で左右されるのかもしれない、と自分の人生の可能性を再検討することができました。(フランス語学科3年生)
今日の講演会では今まで見たことない絵をたくさん見ることが出来ました。中でも「開かれた窓」という作品に心惹かれました。色使いやタッチがとても柔らかくて生で見てみたいと思いました。もっとアンリマチスについて知りたいです。(フランス語学科1年生)
「コリウールのフランス窓」の黒く塗りつぶされた理由を明確にすることは難しく、作者の意図を探る研究の厳しさを知りました。また、学芸員という仕事は芸術に興味のない私においては関わりのない仕事だと感じていましたが、今回の講演者の方が留学先で思わぬ形で芸術に触れることになったという話から、自分の人生は思いもよらない場面で左右されるのかもしれない、と自分の人生の可能性を再検討することができました。(フランス語学科3年生)
開催案内
ピカソと並び20世紀を代表するフランスの画家、アンリ・マチス。
彼が作品に窓というモチーフを頻繁に描いたことはよく知られています。窓を題材にしたマチスの二つの作品を取り上げ、20世紀の美術史にとどまらず、美術作品を鑑賞することや美術とのつきあい方といったテーマについて考えます。美術は、生活や人生にどのような変化や豊かさをもたらしてくれるのか。そうした問いに、マチスの窓は新たな視界を開いてくれるかもしれません。
どなたでもご参加いただける講演会を開催します。ぜひ ご参加ください。
彼が作品に窓というモチーフを頻繁に描いたことはよく知られています。窓を題材にしたマチスの二つの作品を取り上げ、20世紀の美術史にとどまらず、美術作品を鑑賞することや美術とのつきあい方といったテーマについて考えます。美術は、生活や人生にどのような変化や豊かさをもたらしてくれるのか。そうした問いに、マチスの窓は新たな視界を開いてくれるかもしれません。
どなたでもご参加いただける講演会を開催します。ぜひ ご参加ください。
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概要
演 題 | アンリ・マチス ―二つの窓をめぐる物語― |
講演者 | 森 美樹 (愛知県美術館 主任学芸員) |
開 催 | 主 催: 名古屋外国語大学フランス語学科 共 催: 創立30周年記念事業委員会、ワールドリベラルアーツセンター |
日 時 | 2018年6月12日(火) 13:20~14:50 |
会 場 | 名 称: 701教室≪名古屋外国語大学7号館≫ 所在地: 〒470-0197 愛知県日進市岩崎町竹ノ山57 会場へのアクセスについて ※駐車場はありませんので、公共交通機関をご利用ください。 |
対 象 | どなたでも無料でご参加いただけます。 |
その他 | 事前申し込みは不要です。当日、直接会場へお越しください。 |
問合せ先 | 名古屋外国語大学 |
講演者紹介
森 美樹 もり みき (愛知県美術館 主任学芸員)
名古屋外国語大学フランス語学科を卒業(1997年)、名古屋大学文学部哲学科美学美術史専攻卒業(1999年)、パリ第4大学ソルボンヌにてDEA(美術史)過程修了(2001年)、名古屋大学文学研究科博士前期課程修了(2002年)。島根県立美術館(2003年)、2004年より愛知県立美術館で学芸員として勤務。現在は主任学芸員として活躍中である。これまで、「ロートレック展」(2007-2008年)、「プーシキン美術館展」(2013年)、「デュフィ展」(2014年)、「ゴッホとゴーギャン展」(2016-2017年)という重要な展覧会を企画し、ロートレックやマティス、デュフィ、ゴーギャンに関する論文を発表している。訳書(共訳)にジェイムズ・クノー編『美術館は誰のものか』(2008年)
名古屋外国語大学フランス語学科を卒業(1997年)、名古屋大学文学部哲学科美学美術史専攻卒業(1999年)、パリ第4大学ソルボンヌにてDEA(美術史)過程修了(2001年)、名古屋大学文学研究科博士前期課程修了(2002年)。島根県立美術館(2003年)、2004年より愛知県立美術館で学芸員として勤務。現在は主任学芸員として活躍中である。これまで、「ロートレック展」(2007-2008年)、「プーシキン美術館展」(2013年)、「デュフィ展」(2014年)、「ゴッホとゴーギャン展」(2016-2017年)という重要な展覧会を企画し、ロートレックやマティス、デュフィ、ゴーギャンに関する論文を発表している。訳書(共訳)にジェイムズ・クノー編『美術館は誰のものか』(2008年)